大小山〜西場富士

 大小山に登るにはいくつかのコースがある。今回はもっともポピュラーな阿夫利神社から男坂を経由し大小山・妙義山と登り、さらに西場富士へと足をのばすことにした。また、一般にはあまり知られていないマンガン鉱山跡も記録として残しておきたい。


愛車、リトルベア号

 今日は、前々から決めていた山仲間と桐生方面の県境尾根に行く予定でした。ところが、午後からは晴れるという予報ですが、早朝出発には雨模様であり、様子を見ていたものの中止することになりました。せっかく早起きしたのでコタツでくすぶっていたのですが、午前11時を過ぎると雨はやみ、青空が広がってくる。その気でいた分だけに、山の空気に触れてみたい。それで、久しぶりに一人歩きで大小山をゆっくり回ってこようと、11時半を過ぎてから自宅を出ました。  途中でコンビニに寄り、神社の駐車場に着いたのは12時15分。ここからは3つのコースがあるが、真ん中のコースで男坂を登ることにしました。

石尊の滝

 「石尊の滝」は歩き始めて1分位の、登山道の左側の沢にあります。沢水を木で作られた樋に流している人工の滝(?)です。結界が張られていたのをみると、最近、行者さんの水垢離でも行われたのでしょうか。何百回となく大小山に来ている(ウソで〜す)が、まだ一度もお目にかかっていなません。「阿夫利」という神社も大小山という山名も、大天狗・小天狗に由来するようです。昔も、そして今も行をする人がおられるのでしょうね。
 山道は舗装された道が続きますが、まもなく石段になります。ここからが本格的になり、右に入る山道と分かれます。脇に「大小山3合目」の小さな標識があます。私は男坂に行くので石段をさらに登ります。

石段の山道が続きます

 石段はちょっと疲れるのですよね。他の人も同じらしく、石段の脇を歩くので、だんだんとえぐられた道になってきているようです。この石段は上部にある仙間神社まで設けられているので、その参拝用に作られたのでしょう。

男坂・女坂分岐

 右の写真は男坂と女坂の分岐です。時間的にはどちらを行っても同じくらいです。

寒緋桜が満開です

 仙間神社の前、寒緋桜が満開です。雨が降ったので花びらは閉じてました。ここまで駐車場から15分くらいです。全くの青空になりました。上着を脱ぎます。ここを左に入ります。取っ付きがぬかっていると滑りやすいところですが、しばらく雨が降っていないので、水分は瞬く間に吸収してしまったらしく、全く滑る心配はありませんでした。

 男坂は岩場の登山道ですが、危険なところはありません。展望も良いし夏の直射日光の当たるとき以外だったらお勧めです。女坂と合流すると、土止めのほどこされた段々を少し登ります。上がりきったところが、東屋のある展望台です。

展望台の断崖にある大小の文字

 東屋の上が断崖絶壁で、大小の文字板が掛けられています。これが遠くからでも見られるほど巨大なもの。出発してから30分くらいで到着です。駐車場を先に出発した中高年の3人組がいたのですが、いないところを見ると。ここで休まずに登っていったのでしょう。元気ですねぇ。私は1ヶ月ぶりのお山歩でチョイお疲れ。

 展望台から断崖上の大小山へは、左手に設置された鉄の階段を登ります。私はこの設置工事をしているときに来たことがありますが、なんでこんなもを付けるのかって思いました。でも、出来上がってみるとやっぱりラクチンですねぇ。写真では急で長そうにみえますが25段くらいです。上りきってから少し左に巻き、やまゆり学園方面との分岐を右に登ると大小山(282m)の頂上です。

 ここからの展望も素晴らしいです。元旦の初日の出は人でいっぱいになります。今日はここには誰もいません。風が強くてモロにあたります。私も先を急ぐことにしました。

妙義山山頂直下

 妙義山へは、いったん鞍部に下り上り返します。私は妙義山直下の岩場の登りが好きです。もうチョイで山頂だぁって気分になる感じっていいですよね。ハァハァするのですが、山頂に誰かいるときはできるだけ呼吸を乱さないようにします。見栄っ張りなんです(^_^;)

 山頂の標識がヘンダナァって思ったら、以前より棒が高くなってます。どしたんだろ?なんだかヒョロヒョロのっぽですねぇ。1時03分到着です。

男体山方面
赤城山方面
太田、金山方面
筑波山方面

 さぁ、いかがですか。これが妙義山(314m)の360度の展望です。人気の山になるはずです。里山でこれほどの展望のあるところは、他にはあまりないでしょうね。画像があまし良くないかも。ぜひご自分の目でお確かめあれ! 百聞(写真)は一見にしかずですよ。
 山頂は狭く露岩です。以前、この山頂で知り合ったH大学で教鞭をとられ地層研究家でもあるI氏に、ここの岩は放散虫の化石であることを教わりました。うん億年前の太古には深海の底だったんですね。ちなみに、大小の文字の岩壁はチャートだそうです。そういわれても、素人の私には良く分からないのですが、地球の悠久の時間って感慨深いものですね。

 山頂を東に下山すると直ぐにロープが張られています。ここを右に行っても岩場を下りていけるのですが、今日はここのロープで下ります。下の写真を撮りたかったからです。これは妙義山頂直下の斜面に置かれているのですが、年代は分かりません。

 これは不動明王だと思うのですが、以前にはなかった注連縄が巻かれています。石尊の滝でもそうでしたが、阿夫利神社の入り口に天台宗の新しいお寺(?)もあり、密教系の修行があるのかも知れません。

 山頂は風が強かったので、南に下った日当たりの良い登山道で昼食にしました。1時22分です。もちろん、こんな日はインスタントの熱いラーメンとおにぎり。
 以前、雪の降ったあと登ってきたとき、地元の年配者がここで日向ぼっこのような休憩をしていました。なるほど、風は遮られているしお日様はポカポカです。山頂で寒い中でメシにするよりずっといいですよ。

 昼食休憩は20分。右手に大小山を眺めて少し下ると、赤見方面との分岐に出ます。ここを右手に行けば、「石畳」を経て神社の駐車場に降りて行きます。私は「西場富士」に向かうので真っ直ぐ行きます。

 「石畳」は、展望の良い大きな岩が重なり合うようにあるところです。そこに洞窟があります。ここから右手の登山道を20mほど入ったところにも、もう一つ洞窟があります。ずっと奥が深くて、中でつながっていると聞いたことがあります。これは人工物なので、なんでこんなものがあるのか不思議でした。その謎はI氏に聞いて分かりました。マンガンを掘り出した跡だそうです。
 そのマンガン鉱は、登山道を離れたところにもあります。いわば大小山鉱山ともいうもので、下の写真がそうですが、今は忘れ去られた存在です。

マンガン鉱山入り口
マンガン鉱山、奈落のように口をあけている

 ここに初めてI氏と来たときは、こういったものの知識は0でした。鉱山といわれてもピンと来なかったのですが、崩落の危険性もあると聞いて足元が不安になったものでした。その後、大小山の会のF氏とも石畳の方から入ってきて見たのですが、どうもそのときの雰囲気と違うようなのです。
確か、大きな穴が足元から開いているのがあったと思うのですが・・F氏が小石を落としてもしばらくして音が聞こえるほど深いのがあったのです。崩落してしまったのかなぁ。いずれにしてもこんなとこは長居はしたくないですね。クマがいるかも知れんし(^_^;)
 斜面を攀じてあがっていくと、ひょいとマウンテンバイクのお方と会いました。こんなとこにぃって驚きでした。

 許可を得て写真を撮らせてもらいました。中年の方でしたがタフですねぇ。カッコも決まってます。赤見の方に下りるということでしたが、自転車に乗れそうなとこはどんどん乗ってしまうのですね。あっという間に行ってしまいました。

 二つ目のピークに来ると、東の展望があります。標識に西場富士と城山とありますが、城山が分かりません。城山は「じょやま」と読むらしいです。

気の早いヤマツツジ

 このピークを下ると、ヤマツツジが咲いていました。日当たりの良い斜面です。ここの脇に大岩があり、登山道からすっと立てます。眺めは良いですよ。この岩を巻いて下りると小さな石祠があります。延享3年佐野市野澤村講中と刻んでありますから、西暦1747年で江戸時代中期のものですね。

下に石祠のある大岩
トロッコが通ったという切り通し

 一人で山道を歩いていると、ぎくっとすることもあります。上の画像は何だと思いますか。これは山道脇にあって、チラッて目に入ったときは、何かの遺体かと思ってしまいました。もちろん、そんな物があるわけありませんよね。

 先ほどの大岩からしばらく行くと、右の画像のような切通しにでます。ここも以前と雰囲気が変わったようです。かつてはもう少し手前まで両脇に岩壁があったように思います。それに浅くなってしまったようです。
 ここは、「砥の粉」を取るための採石が行われたところで、トロッコが南北に通じていたところだそうです。その面影もないので、自然のキレットだと思ってるいる人もいますが、明らかに人工物です。

 ここの両サイドに真新しい鎖があります。西側の鎖は、わざわざ岩壁をほぼ垂直に下りるように付けらていました。これはオカシイと思います。取り付けてあれば、知らない人はそれを使うものだと思うでしょう。直ぐ下にふつうにこの切り通しを渡れるのですから、わざわざスリルを味わうようなものです。もっとも2、3mくらいの高さしかないのですが・・写真は東側のもので
これもほとんど必要ありません。

 3月から4月頃、山道を歩いているとガスのような臭気が漂うのに気づきます。ヒサカキの花が咲いているのです。花は5ミリほどの小さな可愛いのが咲きます。図鑑では白花と書かれていますが、写真の左端のように赤が入っているのもあります。雌雄異株で中央が雄花、右端が雌花です。西場富士に入る尾根はヒサカキがとても多いところでした。

 西場富士に到着。3時20分でした。山頂に4等三角点があります。
数年前、ここで休憩したときに、スズメバチに警戒音を食らったことがありました。頭上でケタマシク羽音を立てて威嚇するのですよ。怖いですから、休憩は止め身を低くして離れたことがありました。ここに来るたびに思い出して、あたりを見回してしまいます。

 山頂にもう一つ山名標識がありました。
「秋葉山」となっています。おそらく、西場富士というのは通称で呼ばれているのだと思いますが、秋葉山はどうなんでしょう?山頂に秋葉神社の石祠があるので、そこからつけられたのでしょうか。

 この石祠は明治36年とあります。石祠としてはそう古いものではないですね。いずれにしても、一つ山頂に二つの名前が貼り付けられているのは、紛らわしくて感心しませんねぇ(~_~)

 山頂からは南に一気に下ります。下る途中でヒトクチタケにとり付かれた赤松がありました。これは赤松が枯れ死を迎えている時に、死神のように生えてきます。

 下りきるとT字になり、左は西場百観音、右は稲荷神社を経て阿夫利神社の駐車場に戻ります。今日はまだ時間があるので、百観音に足を延ばすことにしました。

ヒトクチタケ
西場百観音

 百観音は寛政年間(1790年頃),ここに勧行寺というのがあり、西国33箇所・坂東33箇所・秩父34箇所の観音を勧進したものだといいます。
 この山(岡)の北には古刹ともいえる八幡宮があり、あまり人の訪れない静かな桜の隠れた名所です。

稲荷神社

 さて、来た道を戻ります。まもなく稲荷神社にでます。ここからは車道歩きで阿夫利神社に戻りました。4時30分でした。
 まだ、夜の飲み会の時間には早いので、佐野のスーパー銭湯に行きました。その帰り、日暮れようとする渡良瀬川から富士山がみえました。黒いシェルエットがとてもきれいでしたよ。

富士のシェルエット

 デジカメの3倍ズームで撮ってみました。雰囲気が伝わるでしょうか。

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