古道

苔むす石段
上って行くと
小楢道

琴平の山
冬の日溜り
訪ぬ道

遠く目をやれば
遥か筑波嶺
眺む道

古え人の神
静かにおわす
日向道


  秘密

カタクリの咲く
誰も知らない
誰も行かない
山の中
秘密の花園
もうそろそろ
眠り姫のお目覚めだ
ご挨拶しに
行かなくちゃね


  小沼の娘

小沼の森に
ニンフがいるよ
青いべべ着て
ひらひら舞って
シャイな若者
手招きするよ

黒い瞳を
みつめちゃダメだよ
一目見たなら
虜になって
帰るところを
忘れてしまうよ

小沼の森に
ニンフがいたよ
シャイな若者
虜になって
ぶらーりぶらりと
歩いていたよ

娘がひとり
さがしに来たよ
白いべべ着て
オイラの好み
霧のベールで
やさしく包むよ

若者愛した
娘がいたよ
赤城の小沼の
冷たい水に
永遠の命を
沈めているよ


  山百合の唄

君は白百合 山の花
朝霧深く 包みしも
甘き香りの 秘めやかに
咲きし姿よ 偲ばれる

君は白百合 山の花
峠の道を 旅すれば
木漏日かげに 身をよせて
咲きし姿よ 麗しき

君は白百合 山の花
枕辺漂う 移り香の
誰か見初むる 夏の日に
咲きし姿よ 忘られぬ


  遭遇

カサカサ
カサカサカサ
落ち葉踏む軽い足音が聞こえる
野ウサギかな
タヌキかも
イノシシじゃないね
もっとガサガサするさ
無神経だからね
シカかもしれない
臆病な感じじゃないか
小さな動物だね
キツネだよ
男たちはそっと小声で話す
音が消える
耳を傾ける
カサカサカサ
また微かな足音
近づいてくる
芽生えの木立
満開のミツバツツジ
緑と紫に染まる小岩の陰
男たちは
初めて出遭う
真っ黒な山の獣だった

オイラは立ち止まって
奴らを見た
なんだこんなところにいたんだ
鈴の音がしないと思ったら
並んで座っているぜ
真ん中の奴
タバコを吸ってやがる
匂わなかったなぁ
風向きが悪かったから
用心していたのに
あれっ 
端っこの奴と目が合っちまった
睨んでやがる
ちょいと脅してやるか
でも まっ いいかぁ
いつもの奴らだ
あっちこっち歩き回るだけ
オイラの領分を荒らしやしない
あいつらはあいつらさ
オイラはオイラさ
バイバイするぜ


  山の哲学者

水ノ塔の山から静かに霧が下り
高原を黄色に埋めたキスゲの上を
白いベールで包もうとしている
消えてはまた浮かんでくる景色に
私はつかの間の時の流れを感じながら
立ち去るのを惜しむ気持ちで眺めていた

ふと、高峰の方を振り返ると
そこに、君がいた
静寂が漂う中で
君はじっと私を見ていた
いや、君が見ていたのは私ではなく
私と同じように
霧が音もなく流れるさまを
だだ黙って眺めていただけなのかもしれない
だが、私は君の姿を認めたとき
自然の中に生きている者の風格を感じたのだ
悠々と動かざる真実を知るもの
大自然の生命
厳しさと優しさ
暗黒と輝き
失意と愛
永遠の時の流れ
それら全てを君は知り
大自然に生きるものの象徴として
君は微動もせずそこにいた

やがて、流れる霧が私たちの間を閉ざしたとき
私はようやく満たされた思いになり
高原に別れを告げたのだった


  天使のブローチ

ほら、松虫草が咲いているよ
ほのかに青みを帯びて
淡い紫色の花びら
不揃いで
菊のような端正さはないけれど
浅い切れ込みの柔らかさ
何故か心を魅かれるよ
未完成な造詣の美
まるで子どもが作った
粘土細工のブローチみたいだ
小さな天使が
小さな手で一生懸命に
無垢な心で作ったのさ
ほら、よく見てごらん
優しい娘の心がみえるだろう
誰が付けたか
「恵まれぬ恋」の花言葉
「不幸な愛情」なんて哀しいよ
そうだ、僕が花言葉を贈ろう
「天使のブローチ」さ


  八月末の尾瀬

夏の過ぎ行く尾瀬ヶ原
人影少なき木道を
一人歩けばしみじみと
青春の日の懐かしき

池塘に浮かぶ羊草
君が指差す面影も
艶き声音も鮮やかに
蘇りくる過ぎし日よ

秋の便りの涼し風
原のベンチに寝転べば
空の青さに我が魂も
溶けて暫しまどろみぬ

優しき声に目覚めれば
旅する鳥の鳴き交わす
見やれば至仏の美しき
明日は登ろかふたりして


  山の友達

山は温もり 小春日に
鈴の音軽く 尾根歩き
いつもの奴が 来たのかと
イノシシさんは 知らぬふり
穴の中では クマさんも
耳をそばだて 知らぬふり
素知らぬふりの 友達さ
枯れ葉落とした 森の中
ちょっと寂しい 友達さ


  日向ぼっこ

小春日和は 里山に
日向ぼっこしに 登ります
枯れ葉の落ちて カサカサと
小さな足音 クマさんも
ひょっこり顔を 覗かせて
そっとサヨナラ いいあって
それぞれ日向を さがします


  野反湖山唄

キスゲ花咲く 野反湖の
富士見峠に 見晴らせば
湖囲む 青き峰
優し光の 溢れしも
旅の心を 慰めん

エビ山登り 野反湖の
青き水面を 眺むれば
ひとつ雲なき 空の色
微かな風の 穏やかに
そよぐ頂 安らぎぬ

高沢山越え 夏の日の
カモシカ平 降り立てば
遥か広がる 笹の原
異郷のごとく 花咲きて
憩いし時を 惑わしぬ

三壁山下り 野反湖の
岸辺近くに 佇めば
十九の夏の バンガロー
友の面影 しみじみと
遠く過ぎし日 懐かしき



  冬の熊

山に秋の実 なかりけり
山の木の実の なかりけり
腹を空かして さまよえど
冬の支度も ままならず
雑木林を ふらふらと
尾根の小道を ふらふらと
雪の里山 さまよえり
冬眠できずに さまよえり


  コスモス

夏の終わりの高原の
コスモスの咲いている丘で
僕は君を見つけた
白いワンピースに
白い麦わら帽子の君は
小さな女の子の手を引き
先を行く男の子を呼んでいた
透き通るような優しい声だった
うつむいて歩き
それとなくすれ違おうとした僕は
はっとして君の顔を見たのだ
こぼれるような笑みを浮かべたまま
君も僕を見た
コンニチハ
と君は挨拶し
お山はいかがでした
と僕に声を掛けたのだ
ええ、まぁ
と僕は応えたが
あとの言葉が続かなかった
 
そう、それだけのことだった
君は男の子の方を向き
美しい横顔を見せて
軽く会釈をして去ったのだ
だが、僕は気づいていた
君の声を聞き
君の微笑みを見た
ほんの瞬間に

悠久の宇宙の時の流れの中で
永遠の生命の記憶の中で
かつて愛しあった君に
今、再びめぐり逢ったことを
そしてまた
瞬時に悟ったのだ
胸の張り裂ける
ときめくような喜びは
遠くなってゆく君の後ろ姿とともに
僕の胸の内に
深く閉じ込めておくべきことも


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第一集

純情山詩集

  菅沼旅情

君の面影 菅沼の
白き岸辺に 佇みて
微かな波の 音聞けば
かなわぬ恋の 囁きか

浮かべし小舟 菅沼の
緑を映す 水面にて
鶯歌う 声聞けば
かなわぬ恋の 懐かしき

君の微笑み 菅沼の
碧き瞳に 魅入られて
軋む櫂の 音聞けば
かなわぬ恋の 切なさよ



  友よ

友よ
嘆くことなかれ
僕らの人生
終わってはいない
命の価値は
埋もれていないさ
明日を見つめて
行こうじゃないか

友よ
嘆くことなかれ
あの山の頂
風雪耐えて
忍ぶ姿は
僕らのようさ
明日を信じて
行こうじゃないか

友よ
嘆くことなかれ
あの日あの時
振り返っても
幸や不幸など
決まりはしないさ
明日を夢見て
行こうじゃないか

友よ
嘆くことなかれ
ひとの人生
分かりゃしない
この山こえて
歩く僕らさ
明日を目指して
行こうじゃないか